ラストミニッツの男の可能性に溢れた全米オープン開幕前日のエリンヒルズ/全米オープンatエリンヒルズ 舩越園子の現地レポート
2017年6月15日(木)午前10:35
全米オープン開幕前日の水曜日の午後4時。最後の最後に会見に臨んだのは、世界ナンバー1のダスティン・ジョンソンだった。
なぜ、世界一の選手の会見がラストミニッツになったのかと言えば、ジョンソンは今週月曜日に第2子の誕生を見守り、火曜日に大急ぎでエリンヒルズへやってきて、ようやく練習開始。今日の水曜日も朝から練習場で球を打ち、午後は9ホールのラウンドを最優先。会見は、そのあとという流れになったからだ。壇上に座ったジョンソンは笑顔を輝かせていた。「母親もベイビーも、みんな健やかです」
【遅れて現地入りしたが、後れを取ってはいない】
ジョンソンの幸せそうな笑顔を見たのは、考えてみれば、4月のマスターズの開幕前の会見以来、2カ月ぶりのことだった。マスターズ開幕前日の水曜日の午後。あのときもラストミニッツにコトが起こった。
激しい雨に見舞われたあの日の午後、コースがクローズになり、宿舎に引き上げたジョンソンは、トレーニング用のソックスを履いたまま階段を降りようとして転落。腰と肘を強打した。翌日の午後のティタイムまでに痛みが引くことを願った。
当日は練習場で球も打ち、出場するのだろうと思われていたが、ジョンソンは1番ティに向かう途上でUターン。スタート直前のラストミニッツで棄権を決意した。「今は僕のキャリアでベストな状態だった」そう感じていただけに、棄権は無念だったに違いない。
マスターズ前までは出場すれば優勝していた無敵の強さを誇っていたが、そんな絶好調の流れは転落事故で一旦止まり、“ベストな状態"は“ベストとは言えない状態"になりつつあった。だが、人生でもキャリアでも大波小波を乗り越える戦いにおいて百戦錬磨のジョンソンは、できることを、いつ、どうやって行えばいいのか、その判断には長けている。
2週前のメモリアル・トーナメントで予選落ちを喫すると、すぐさまエリンヒルズへ足を運び、2日間を練習に費やした。全米オープンの週が第2子の出産と重なることは事前にわかっており、会場入りがぎりぎりになったとしても準備不足にならないよう、焦ることのないよう、事前の練習ラウンドを自身で設けたのだ。「だから今、こうして遅れてやってきたけど、みんなに後れを取ったとは感じていない。だって僕はみんなより10日も前に、このエリンヒルズで練習していたのだからね」余裕の笑顔は、見栄でも見せかけでもなく、「僕はしっかり準備した」という実感から滲み出たものだったのだと思う。
【エリンヒルズは僕に向いている】
全米オープン初開催のエリンヒルズが全米オープンにふさわしいコースなのかどうか。その評価はずっと混沌としたままで、蓋を開けてみるまで答えは誰にもわからない。世界一のジョンソンは、10日前の事前練習と今週のラストミニッツの駆け込み練習で、エリンヒルズをどう見て、どう感じたのだろうか。
「フェアウエイは広い。見た目は広いが、プレーにおいては見た目ほど広くは使えない」 落としどころが極端に狭いという意味。トッププレーヤーになればなるほど、ピンポイントで狙う理想区域は狭くなるから、フェアウエイのアンジュレーションやピンを狙うベストなアングルといった要素とかけ合わせたら、実際の落としどころは広いフェアウエイの中の小さな点になる。
だが、ジョンソンは屈指のロングヒッターでありながら、そこに正確性も加わったからこそ、昨年の全米オープンを制し、世界一の王者になった。さらに小技とパットが冴えれば、怖いものなしの最強になる。それが、彼自身がマスターズ直前に言っていた「ベストな状態」であり、あのころの彼は「今の僕を倒すのは大変だよ」とまで豪語していた。
階段転落事故による腰の故障と小さな不調を経て、次男の誕生という喜びを得た今、ジョンソンは、こんな言葉を自信満々に口にした。「エリンヒルズのセッティングはとても僕に向いている」2か月前のメジャー大会でラストミニッツに去ったジョンソンが、2か月後のメジャー大会でラストミニッツにやってきて、幸せを噛み締め、自信を抱き、勝利を目指している。
会見で、ある米国人記者が尋ねた。
「世界一になって初めて挑もうとしたメジャー大会で棄権せざるを得なくなり残念だったと思うけど、この全米オープンが世界一になって初めて挑むメジャーになりつつあることを、どう感じていますか?」
ジョンソンは、ほぼ即答した。
「今も僕が世界一であることは、もちろん悪い気はしないけど、そもそも全米オープンを世界何位で迎えるかは僕にとっては問題ではない。大切なのは、この場で戦うことができるということ。日曜日に優勝するチャンスを自分で自分に与えることができるということ。そのチャンスをモノにするためには、本当にいいプレーをしなければならない」
王者の言葉の1つ1つに貫禄が漲り、全米オープン開幕前のラストミニッツのエリンヒルズには王者の可能性が満ち溢れた。もちろん、次なる王者を目指す全ての選手の無限の可能性も多大である。
全米オープンは明日開幕。可能性を現実に変えることができるのは、果たして誰か。その答えは、サンデーアフタヌーンのラストミニッツに出る。
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(写真:舩越園子)
全米オープンゴルフ選手権
1日目 6/15(木) 午後11:00~翌午前10:00
★1日目は「ゴルフネットワークプラス」で午後9時30分より配信
2日目 6/16(金) 午後11:00~翌午前10:00
3日目 6/17(土) 午後11:00~翌午前9:00
最終日 6/18(日) 午後11:00~翌午前9:30
【解説】佐藤信人プロ、ツアープロコーチ内藤雄士
【現地ラウンド解説】プロキャディ杉澤伸章
※1日目~3日目は最大延長午前11:00まで、最終日は午前11:30まで